娘が15歳になる夏に。あのお産と、仕事を辞めたタイミングの話
2026年8月1日
この夏で、一番上の娘が15歳になります。生まれたのは2011年の真夏でした。
15年たった今でも、あの日のことはよく思い出します。そして、そのお産の経験が、そのあとの育児も、仕事を辞める決断も、ずっと支えてくれていたなと思うのです。
お腹の中で、あの地震を経験した子
2011年3月、東日本大震災があった日。私はちょうど職場にいました。お腹の中の娘は、胎動を感じられるようになったころでした。
私はまだ30代に入ったばかりで、若かったのもあってか、つわりもそれほどきつくなく、体調はいいほうでした。(2人目、3人目はきつかったのですが……)
会陰切開をしたくなくて、選んだ場所
出産のとき、どうしても会陰切開をしたくありませんでした。それで、病院の中にある、助産院のような位置づけの場所で産むことにしました。
分娩台ではなく、布団の上。顔見知りの助産師さんと、夫と一緒のお産でした。
医療行為は一切せず、陣痛の波に合わせて、助産師さんが会陰をオイルで保護してくれました。おかげで、裂けたり切れたりすることはありませんでした。娘は頭が大きくて大変でしたが、上手に出てきてくれました。
あのお産が、育児生活の支えになってくれた
みんなで頑張ったお産が、本当にいい経験になりました。だからでしょうか。娘との初めての育児生活は、大変だったけれど、とても楽しかったのです。
あのお産の経験が、育児生活の支えになってくれました。そんな毎日だったので、子どもとたくさん過ごしたいと思うようになったのも、私にとっては自然なことでした。
一緒に暮らせるのは、最短であと6年
そして、仕事を辞めるタイミングを考えるようになりました。用意周到に準備して、いちばんいい時期を探りました。(そのあたりの経緯は公務員ワーママを辞めて今の生活を手に入れるまでに詳しく書いています)
結局、選んだのは、娘が私立中学に入る時でした。
娘が県外の大学に行くかもしれないと考えたとき、一緒に暮らせるのは、最短であと6年。何気ない日々も、あとから考えるときっと貴重な時間になる。そう思って、決断しました。
中学生になって知った、給食のない日のこと
中学に入ってから知ったのですが、試験期間や学期末が近くなると、給食がなくなる日があるんですね。
なので、娘とランチをすることも多いですし、自宅で2人でごはんを食べることも多いです。もし働いていたら、1人で食べさせることも多かっただろうなと思うと、この時期に辞めて本当によかったと思います。
たまに夫も休みで、3人だけでランチをすることもあります。この時間も、あとから振り返るときっと貴重なんだろうな、と思いながら過ごしています。
私にとっては、ベストタイミングだったと思います。(たからものじかんの記事にも書きましたが、こういう何気ない時間が、いちばんの贅沢です)
15年前のあの日に、ありがとう
15年前のあの日を思い出すと、私を母にしてくれた娘と、素敵なお産に関わってくれた助産師さんには、感謝しかありません❤️
今でもその助産師さんとは、おいしいものを送り合う関係が続いています🥰
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